カテゴリ:思う・考える( 15 )
コミュニケーション
声をかけられる。
返事をする。
質問される。
答える。
反論される。(なぜ?)
いやそういうことではなくて、と重ねて説明する。

・・・あの、私の言ってること聞いてます?
と、思わず言いたくなる。言わなかったけどね。

いきなり目の前からすーっといなくなる。
(いや、物理的には目の前にいるんですが。)

長いこと仕事してきたしいろんな人と出会ったけど
こういう経験は初めて。
同僚は「いつも置いてきぼりにされるんですよ…」と言っていた。
まさにそんな感じ。

もしもーし!
なんて深追いはしないけど。
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by bramble | 2008-11-03 01:12 | 思う・考える
好きになれない・・・
言葉に変な好き嫌いがある私。
今までも「がっつり」「ぶっちゃけ」(どっちも音が汚くてイヤ)「~されてください」(違和感)などあれこれ文句を言っていたのだけれど、最近YOMIURIの掲示板を見ていてまたしても気になるというか好きになれない言葉を見つけてしまった。

「上から目線」
わかるけど、わかりやすいけど、なんだかいや~な感じがぬぐえない。
「チラ見」
これも言わんとすることはわかるけれど、好きになれない。

今日、初めて目にして(そこに投稿するひとが皆当たり前のように使っていて)びっくりしたのは
「ガン見」

かなり昔のことになるけれど、不良なんかが「ガンをつける」という言葉はあったけれど、「ガン見」というのはどうも視線をそらさずじ~~~っと見ることらしい。
「自分の正面に座った人からガン見された経験ある方はいらしゃいますか?」
「優先席で携帯を堂々と使用している人は、ガン見します。」
「私は顔も服装も体型も至って普通の、どこにでもいるような女性です。私は寿司屋でガン見されました。ガン見してきた女性をAとします。」
「ガン見しました。」
「います。そういう不躾にガン見してくる人!」
これは、全部別々の人の投稿にあったもの。

極普通の文の中に当たり前のように使われていて、なぜかわからないけれど、私はものすごく汚いものを見てしまったような気持ちになってしまう。
・・・汚いというのとも違うなあ。
なんというか、「いやらしい」とでも言ったらいいのか。
丁寧語と混ぜて使われると違和感が倍増する。
一見品のよさそうな女性が実は上品ぶっているだけで、本当はものすごく底意地の悪い女性だった、というようなそんな感じ。(←そんなストーリーを作ってどーするっっ!)
いっそ、不良みたいな、もしくはヤクザみたいな話し方の中で使われていたのならばこんな嫌悪に近いものを感じないのかもしれない、とも思う。

なんて、妙なことを書いてしまった。
ああ、私ったら文句ばっかり。う~ん。
(私自身、決して言葉遣いがいいとは言えないんだけど。自分は心の中の高い高い棚の上にしっかり上がっちゃってます。)
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by bramble | 2008-05-29 23:13 | 思う・考える
いいかげんにしてほしい。
最近、母のためにラジオをつけっぱなしにしてあるのだけれど、昨日の夜だったか、ニュースで「成人年齢を20歳から18歳に引き下げる」という話がでているのだと言っていた。

なぜ18歳に引き下げるべきだと思うんだろう???
精神年齢なんかを考えるとむしろ引き上げた方がいいんじゃないかと思うくらいなのに。
(ラジオ番組でも同じような意見をいっている人がいた。)
果たして18歳の人間に成人としての責任を負うことができるのか?

18歳から成人とみなすことになって、何が変わるのか?
日本にとって、国民にとってどんなプラスがあるの?
…20歳未満で犯罪を犯した人間がきっちり逮捕されるようになることくらいしか思いつかない。

こういう法律やシステムを変えるという話がでるたびに、いったい何を考えているんだろう?と思う。
99%が「単なる思い付き」にしか思えない。
で、実際にやってみて「やっぱりだめか」とまた変えたり戻したり。
いい加減にしろ!といいたい。

たぶん、政治家なんかはなにかを「やった」という実績を残したくて仕方がないんだろうなあ。
だからお馬鹿な思いつきを審議にかけちゃったりするのだ。
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by bramble | 2008-02-14 13:10 | 思う・考える
暮らすということ。
ふと、気がついてまわりを見渡すと、みんな結婚して、家族がいて。
それに比べると私はいつまでも根無し草のような、頼りないような気持ちになる。
社会に対してなにか負い目を負っているような。果たすべき責任を果たしていないような。
(毎日働いて、安くもない税金を納めているのに、ねえ。)

今のところは両親がいて、その両親の面倒を見て、でもいつかは私ひとりになるんだろうと思う。
そうしたら、この世の中に、何も残さず、何の役にも立たず、ただ、消えていくのを待つだけ。
なんだか、そんな妙な、儚い気持ちになる。

馬鹿げた考えだとはわかっていても、ときおりそうした気持ちにとらわれてしまう。

(酔っ払いの戯言でした。しかもまだ仕事中。ははは。)
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by bramble | 2007-11-15 22:25 | 思う・考える
なるほど。
とあるフォーラムに紹介されていた言葉。

Don't argue with an idiot.
People watching you may not be able to tell a difference.

なるほど~としみじみしてしまった。
(深夜残業して疲れました。家に着いたのは1時すぎ。
馬車はとっくにカボチャに戻ってますね。(笑) ああ眠い~。)
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by bramble | 2007-08-11 01:46 | 思う・考える
内田樹
まともな意見を読みたい、と思うときには内田樹のブログを読む。
私的な記事についてはあまり興味がないけれど(だって、所詮知らないひとだもの)、問題を考え、分析している文章にはとても説得力があって、「そうそう、私が言いたかったのはこれなのよ」と思わせてくれる。

もっとも、そう簡単に納得したり同調しちゃったりしていいのかという考えが頭の隅をよぎらないでもない。なんでも疑ってかかれ、というのが最近自分に向かってよく言い聞かせる言葉。
それから「正義」という言葉ももっとも胡散臭い言葉。
(別に内田樹が胡散臭いと言っているわけじゃないので誤解のなきよう。なんでも安直に信じちゃいけないという自分に対する戒め。)

ちなみに、最近の記事で「なるほど!」「そうそう!」と思ったのはこれ。
愛国について語るのはもうやめませんか
若者はなぜうまく働けないのか?

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by bramble | 2007-07-01 15:49 | 思う・考える
電車のなかのちょっとした不愉快なできごと。
なんでみんな黙っているのかなあ、とときどき思う。
場所はだいたい混んだ電車の中。

私は電車では立っていることが多いんだけど、通勤電車だとどこで人が乗り降りするかだいたい想像がつくから、戸口付近にいるときにはホームに一度出たり、端の邪魔にならないところに逃げ込むかのどちらか。
どこにいても自分より後ろ、奥のほうから「降りま~す」という声がたまに聞こえれば、はいはいと道を空ける。
私自身も満員電車でも気にしないで奥まで入りこんで、駅に着いたら「すみません、降りま~す」というとモーゼが紅海を渡るがごとく、というのは大げさだけどみんなさっさと道をあけて通してくれる。なかなか気分もいいし、効率もいい。

が、ときどき、いきなり後ろからど突かれることや、ぐいっとひじで押しのけられることがある。残念ながら。「犯人」は若い女性からおじさんにいたるまでそれはもういろいろ。年代とか性別は関係ないみたい。
私はこの押しのけられるという感覚がことのほか嫌いだ。(まあ、好きな人もいないでしょうけれど。)それはそれは腹が立つ。
根性のひん曲がった私としては、さっさと降りて出てきた相手を睨み付けるとか(睨んだところで、人を押しのけるような人間はもともと周りのことなんか見ちゃいないのでどうせ気がつかないんだけど)、迷惑なのは承知の上で(その犯人に対してではもちろんなくて、時間がかかるので他の乗客の皆様に申し訳ないんだけど)その場に根っこが生えたみたいにがんとして動かないというのをつい、やりたくなる。実際にはやれやれとため息混じりにおろして差し上げるのだけど。

入り口付近にいながら、大量に人が降りているにもかかわらず頑張ってそこにい続けようとする人もいる。通勤ラッシュに慣れていないような人だと「すみませんが、一度降りてもらえませんか」って声をかけるのだけど、中にはほんとに意地になってその場から岩のように動かないと決め込んでいる人もいて、そういうときには悪いけど思いっきり押しのけさせてもらう。その人自身危ないと思うんだけどなあ。(5,6人降りるなんてものじゃなくて、その辺りにいる数十人がどっと降りるんだから。)

昨日は電車に乗るときに、扉が開いて私が乗り込もうとしたタイミングより後ろに並んでた誰かのタイミングの方が早かったらしくて、私の靴底に後ろの人の靴先ががつっと当たったのがわかった。
ここまでは単なるアクシデント。
が、その2、3歩先も靴にガツガツッという衝撃。
これはもう、わざと蹴ったとしか思えない。

それほど混んでもいなかったので、乗り込んだあと後ろを振り返ったら長髪にサングラスというまるで70年代リバイバルみたいな若い男がいた。思いっきり睨んだらばつが悪そうな顔をして目をそらした。
自分のしたことを恥ずかしく思うんなら最初っからそんなことするんじゃないっ!と思うのでした。(ちなみに私の目からは怒りよりは「ば~か!」光線が出てたと思います。)

なんでつまらないことにマイナスのエネルギーを使いたがるのかなあ。
(といいつつ、マイナスの愚痴なんか書くのに時間をさいている私。人のこと言えないね。)
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by bramble | 2007-04-15 19:16 | 思う・考える
全然わかっちゃいない
柳沢厚生労働相が「女性は子どもを産む機械」発言をしたことで物議をかもし、あちこちから辞任要求も出ている。

当たり前だ。

少子化対策の中心となる厚生労働省の大臣ともあろう人間がそんなお粗末な考えを頭の片隅にでも持っているということ自体問題だし、百歩譲って、心の奥底では「女の仕事は子どもを産んで育てること」とひそかに思っていたとしても、それを外に出しちゃならんという立場にあるのだということを自覚しておくびにも出さないのが政治家の外交手腕ってものじゃないのだろうか。
常日頃からそんなふうにしか考えて無いから、というよりな~んにも考えちゃいないから、こういうことを口が勝手につるっと言ってしまうのである。そんな政治家としての自覚がない人間に大臣なんかを任せていいものか。
もちろんよくない。

それにしても気になるのは
安倍首相は31日午前の参院本会議で「私も深くおわびする。柳沢厚労相も深刻に反省しており、国民の信頼を得られるよう全身全霊を傾けて職務を全うしてもらいたい。国民の理解をたまわるようお願いする」と述べた。

柳沢氏は31日朝、都内の議員宿舎で記者団に「本当に深く反省している。これからもしっかりやっていきたい」と述べ、引き続き閣僚としての職務を果たす意向を示した。
(2007年1月31日14時53分 読売新聞)から引用。
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070131i207.htm


「深くお詫びする」とか「深く反省している」というが、いったい「何を、どう反省しているのか」がさっぱりわからない。
国民の理解って、なにを理解しろっていうのか。
(国民の理解をたまわるようにお願いする、っていったい誰に向かって頼んでるの?ヘンな日本語。)

集会に出席した複数の関係者によると、柳沢厚労相は年金や福祉、医療の展望について約30分間講演。その中で少子化問題についてふれた際、「機械と言って申し訳
ないけど」「機械と言ってごめんなさいね」などの言葉を入れながら、「15~50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」などと述べたという。
(Asahi.com 2007年01月28日00時33分の記事より引用)
http://www.asahi.com/edu/news/OSK200701270070.html


この記事を読んで「だあああ」と思うのは私だけじゃあるまい。
機械に例えることが問題なんじゃない。(問題だけど、核ではない。)
反省してるとか、お詫びしているというのも、「やっぱり女性を機械に例えちゃいけなかったな、失敗しちゃったな」程度の気持ちなんじゃないだろうか。
女性を出産装置に例えるなんてもってのほかだけど、問題なのは言葉じゃない。
子どもや女性や男性の社会の中での位置づけがぜんぜんわかってないし何のビジョンも持ってないことこそが問題なのだ。
(女性が社会進出したから子どもの数が減った、だから女性が家庭に戻れば子どもの数も増える、なんて考えている単細胞。
経済が上向いていたときには女性もどんどん働いてほしい、女性の力を活用すべきだ、なんて言ってた同じ口がたいていこういうことを言うんである。)

子どもは女性がひとりで作るものじゃない。
男女の間に生まれてくるものだ。
生まれたらその後は育てなくてはいけない。
育てるのは家族だけじゃなくて社会も子どもの育つ場所だ。
少子化を憂えるならば、子どもは社会全体のものだという認識くらい持ってほしい。
今の社会がどうかわれば、もっと子どもを増やすことができるのか。
安心して子どもを産み、育てる気風になるのか。
具体的に誰に対してどんな支援が必要なのか。
年金のことくらいしか考えてないから、とりあえず人口が増えれば年金問題も解決するくらいにしか思っていないから、こういうスタンスでものを考えることすら思いつかないんじゃないのか。
(だいたい年金問題にしても、子どもの数を増やすことだけが解決法なのか?)

まったくどうしてこういうお粗末な発言をする三流政治家が大臣にまでなれちゃうのか。
選挙で私が投じたあの一票はいったいなんだったんだろうと深いため息がでてしまう。

いったい何をどう申し訳なく思ってるの?!
と、だれかコイツに問いただしてやってほしい。

(あ~、書いているとますます腹が立ってくるなあ!)

引用した記事の全文
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by bramble | 2007-01-31 22:04 | 思う・考える
Interesting project
Found the following at BBC News site.
Lebanese residents answer your questions
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by bramble | 2006-08-23 18:58 | 思う・考える
疑ってかかるということ。
It seems that I'm getting into "I hate it all!" phase.
(↑これは単なる愚痴。)

みんながみんなそうではないけれど、異文化を語るときに自分の物差しでしかものごとを計らず、AでなければBであると決め付け(どうして何事も二者択一だと思いたがるんだろう?)、自分の理解できないこと(それともしたくないことなのか、受け入れられないことなのか)はすべて偽善だとか誤りであると決め付ける。そういう「意見」を読むたびにイライラが募る。
そういう人に限って、相手や第三者をこき下ろすのも貶めるのも平気なくせに、自国の文化に対して少しでも批判されるとヒステリックになって反論する。

Hypocrisyと言い放つ人間こそ、その呼び名にふさわしい気がしてしまう。
こうした偏狭さやself-righteousnessというのがとても嫌だ。

ストレスの原因になるとわかっているのにそういうものを読んで腹を立ててる私も私だけどね。読まなきゃいい、のだ。(ばかみたい。)


ものごとの価値というのはたいていの場合、絶対的なものではなくて、相対的なものだと思う。
世界のあちこちで起きている紛争ひとつとってみても、過去の戦争を考えてみても、「さあ、俺たちはこれから悪いことをするぞ!」といって始まったものなんてあるんだろうか。それぞれが「大義名分」を掲げている。「正義」なんていうのは一番胡散臭い言葉で、「いったいそれは誰にとっての何の正義なのか」というのをよく考えようとしないと騙されてしまう。「自由」とか「解放」なんていう言葉も疑った方がいい。

ものごとが正しいかどうかなんて、そう簡単には言えない。

正しいのかどうか簡単に判断できるのは、極々少数の、究極の問いともいうべきことくらいかと思う。少なくとも私にとっては。
たとえば、「人を殺すな」とか、「盗むな」とか。
(モーゼの十戒みたい。)

ものごとの動機にしても、100%善とか100%悪というのもあまりないんじゃないだろうか。
特にそれが集団(国とか民族とか政治とか)に関することであるときには。
「正義」(←というのもかなり怪しい)が第一義として前面に押し出されていたとしても、その後ろにはいろんな思惑があるものだと思う。

人間だってそう。いい人間と悪い人間、なんてそう簡単に言えない場合が多いのじゃないだろうか。「善きもの」も「悪しきもの」も同時に内在する。

私がどうしてそんなことを思うのか。
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by bramble | 2006-07-28 11:35 | 思う・考える