須賀敦子『ユルスナールの靴』
このところずっとiPodでpodcastやBBCのラジオドラマ(アガサ・クリスティシリーズ)を聴くのに夢中で通勤時間に本を読むというのが皆無だったけれど、須賀敦子の『ユルスナールの靴』を読み出したらなんというかとても気持ちがいい。
マンガとかくだらない本を読み飛ばしてきたあとに読む須賀敦子は、たとえて言うならば上等のタオルの手触りのよう。





先日偶然TVのスイッチを入れたらば、須賀敦子についての番組をやっていて、須賀敦子がイタリアで暮らしていた頃の話、コルシア書店の話、ご主人と結婚したいきさつなど聞いていて興味深かった。須賀敦子の本は『トリエステの坂道』を少し読んだ程度であとは書店で本を見かけるだけだったのだけれど、いろいろ読んでみたくなった。
『ユルスナール…』は何ヶ月か前に書店でみかけて、なんとなく手にとって、なんとなく買ってみた本なのだけれど、白水ブックスからシリーズで何冊か出ているようなので順番に読んでいきたいな。

島村洋子の『品格バカが多すぎる』や西原理恵子の『この世でいちばん大事な「カネ」の話 』を最近読んだけれど、これらの本はとても面白くて(西原理恵子もなかなかいいことを書いているなとしみじみ感心した)、でもやはり私にとっては「読み飛ばす」本でしかない。何度も読み返し、味わいつくし、要するに文章を味わい、その向こうに横たわる思想を味わい、というタイプの本ではない。

スナック菓子やジャンクフードもそれなりのよさ、楽しさはあるけれど、やはり栄養のあるきちんとした食べ物を積極的にとらなくてはいけない、とおもうのと同じで、読書もやはり身になるものを読んでいかなくてはなあとしみじみ思ったのでした。

・・・なんてご大層なことを言ってみるものの、読書感想文というのはどうしても苦手で、それはとりもなおさず私の読解力にかなり問題があるのではと思ってしまう。
感想文を書くというのは自分がたとえば読書というかたちで取り込んだものをいちど自分のものにして、自分の言葉で表すことであって、それができないというのは要するに自分のものにできていない、上っ面しかすくいとっていないということなんじゃないかと思う。
あああ。

今日、書店に寄ったついでに衝動買いしてしまった本。

トルーマン・カポーティ『ティファニーで朝食を』
村上春樹訳。昔からの本と並べて置いてあったので両方手にとって比べてみたらば確かに冒頭の文章は村上訳の方が自然ですんなり入ってくる。昔からの翻訳がいいのか悪いのかはわからないけれど、原文に忠実であろうとするあまりにいかにも翻訳調であるのは確か。
オードリー・ヘプバーンの映画にまでなったこの小説、実は読むのは今回が初めて。
(映画もちゃんと観たことはない。)
まだ1/3くらいしか読んでいないけれどホリー・ゴライトリーの奔放さが新鮮。
若くて奔放でいい加減なように見えて実は彼女なりのルールというか基準があるのだなあ。

二ノ宮知子『天才・ファミリー・カンパニー』第1巻
マンガです。
『のだめカンタービレ』でこの漫画家の人の描き方に感心してしまったので、ちょっと昔の作品ではあるけれど買ってみた。『のだめ』以上にハチャメチャだけれど面白そうなので続きを買おうかな。

伊藤太吾『フランス語・イタリア語・スペイン語が同時に学べる本』
とんでもない本を買っちゃったような気もしますが。(笑)
フランス語の文法確認のつもりで買った本。なので、イタリア語やスペイン語を本気で学ぼうとはあまり思っていないのだけれど、時間があるときにイタリア語・スペイン語の部分も読んだらおもしろかろうと買ったもの。
来月アルジェリア人が来日するのに主担当者はその時期に出張するかもしれないのでそのときにはアテンドよろしくね♪なんて言われてしまった。
ひえ~。
私、フランス語なんとか読解はできるけど、会話は全然ダメなのに~。
ということでついこういう本に引き寄せられてしまうのでした。
(ちなみにアルジェリアの公用語はアラビア語なのだけれど、歴史的にビジネスでは英語よりフランス語を話せる人の方が多いのです。)

『すぐに使えるフランス語会話』
買った動機は上の本とおんなじ。
書店の語学コーナーで一押しの本になっていたので、つい。
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by bramble | 2009-01-20 23:11 | 読む
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